ブルックス Brooks
ノーザンハイブッシュ系
命名はその個体が生育していた農場の所有者である近隣農家 Fred Brooks 氏に由来。
注: 本調査の依頼文に「Hugh A. Brooks」とあるが、英語圏の主要文献(USDA、Rutgers、ISHS、UNH Extension、Tandfonline 等)では一貫して命名由来は隣人 Fred Brooks 氏とされている。Hugh A. Brooks との同定は確認できず不明(命名者ではない可能性が高い)。
歴史的意義
- 'Brooks' は Coville による近代ハイブッシュブルーベリー育種計画で最初に選抜された野生優良個体であり、ハイブッシュブルーベリーの商業栽培化(domestication)の出発点に位置づけられる。
- 1908年の発見は、ブルーベリーの「家畜化100周年」(2008年)を記念する各種論考(ISHS Acta Horticulturae 1180-19, Tandfonline 2011)でハイブッシュ栽培史の起点として明確に語られている。
- 'Brooks' は USDA から最初期に育成された 15品種のうち 13品種に親系統として関与しており、現代ノーザンハイブッシュ品種の系譜上の祖先の一つ。
- 「ニューハンプシャー州が発祥」というブルーベリー栽培史上の地理的アイデンティティの中核を担う。なお依頼文の「White Mountain(ホワイトマウンテン)」は同州北部の山域名であるが、'Brooks' の正確な発見地は同州南部 Hillsborough 郡 Greenfield の山地牧草地(標高約950フィート)であり、White Mountain National Forest 域内ではない点に留意。
選抜の経緯
- Coville は 1906年頃から自身が New Hampshire 州(Coville 自宅付近)で夏季を過ごす中、野生ブルーベリーの優良個体探索を進めていた。
- 1908年7月、3年間の予備観察と当年夏3週間の集中的探索の末、隣人 Fred Brooks 氏所有の老朽化した山地牧草地で、約2.1 m(7フィート)に達する大型樹を発見。最大幹直径は約2インチ(約5 cm)、一部に枯死枝も見られたが、新梢は旺盛に伸長していた。
- その季節の収量は約3クォート(≒2.84 L)で、果実の多くが直径1/2インチ(≒12.7 mm)超の大粒。
- 同個体を母本として掘り上げ、USDA の試験圃(Whitesbog, NJ など)に移植・増殖。1909年には自家受粉実験で結実不良を観察し、Coville がブルーベリーの自家不和合性を初めて指摘する契機ともなった。
- 1909年には同じ Greenfield 周辺で野生ロウブッシュ(V. angustifolium)の優良個体 'Russell' が選抜され、'Brooks' とともに初期交配の鍵素材となった。
樹体特性
- 樹高: 原木で 約7フィート(≒2.1 m)に達する大型立性樹。
- 樹形: 多幹立性(multi-stemmed upright)、幹は古木で約2インチ径まで肥大。
- 樹勢: 旺盛、新梢の発生は活発。
- 耐寒性: ニューハンプシャー州山地(標高約290 m)原産の野生個体であり、極めて高い耐寒性を保有(USDA Zone 4 相当の冬季を自然下で耐える)。具体的な低温限界の試験値は不明。
- 耐暑性: ノーザンハイブッシュの典型として温暖地適応は限定的。具体的データは不明。
結実特性
- 開花期: ノーザンハイブッシュの中でやや早~中生。具体的日付は不明。
- 収穫期: 中生(midseason)。'Russell'(早生ロウブッシュ)よりは遅く成熟することが文献に明記されている。
- 低温要求量: 数値としての公表値は確認できず不明。ただし NH 州山地原産の野生型であり、現代の主要 NHB 品種と同等以上(推定 800~1,000時間以上、未検証)の高い chill 要求があると見られる。
- 自家不和合性: 自家受粉では結実不良。Coville が 1909年に確認し、後の交配計画における他家受粉の重要性認識の出発点となった。
- 収量: 原木で1シーズン約3クォート(≒2.84 L)の野生樹としては顕著な多収。栽培下での標準収量データは不明。
果実特性
- 大きさ: 多数の果実が直径 1/2 インチ(≒12.7 mm)超。野生個体としては当時最大級。
- 色: 異常に明るい青色(unusually light blue) ── 黒色に近い果肉表面を覆う厚いブルーム(果粉)に由来。
- 果肉・食感: 引き締まり(firm)、果汁多く(juicy)。
- 風味: 甘味と酸味のバランスに優れ、ニューイングランド野生ブルーベリー特有の芳香エステルを備える「例外的に良好な風味」と Coville が記録。後年の文献は、'Jersey' と 'Wareham' を除く Coville 系のほぼ全品種にこの 'Brooks' 由来の優れた風味が継承されたと評している。
Coville育種への貢献(Pioneer等の親としての役割)
'Brooks' は USDA Whitesbog 育種拠点で次の主要交配の母本/父本となった。
- Pioneer(Brooks × Sooy、1912年交配、1920年公表): Coville 育種計画から最初に発表されたハイブリッド栽培品種。Brooks(NHB野生)× Sooy(NJ州産 NHB野生)の純粋ハイブッシュ間交配。約3,000個体の実生を得た。
- Cabot(Brooks × Chatsworth、1913年頃、1920年代公表): 初期 Coville 系列の主要品種。
- Katherine(Brooks 系統、1920年代): Coville 初期品種群に位置づけられる(詳細不明)。
- Rancocas((Brooks × Russell) × Rubel、交配1915年、1926年導入): Brooks(NHB)× Russell(ロウブッシュ V. angustifolium)の F1 に Rubel(NJ Pine Barrens 産 NHB 野生選抜)を戻し交配的に掛け合わせ。ハイブッシュ × ロウブッシュ× ハイブッシュ の三元交配として歴史的に重要。果実は密着房・小~中粒・偏球形、果皮硬く出荷適性良好だが降雨下で裂果しやすい。ニュージャージー州 Rancocas Creek 近郊で栽培されたことに由来する命名。
- Greenfield ほか(Brooks × Russell の F1 多数、1911年交配): 1911年の Brooks × Russell 交配は約3,000実生を生み、後の多数の派生品種の基礎集団となった。
1942年時点で米国東部の主要18ブルーベリー品種のうち14が Coville 系列であり、その大半に 'Brooks' が直接または近い世代の親として組み込まれていた。
現代品種への遺伝的寄与
- 'Brooks' は 'Rubel' および 'Russell' とともに、現代ノーザンハイブッシュのほぼ全主要品種の遺伝的祖先として機能している。
- 主要市販品種である 'Bluecrop'、'Berkeley'、'Earliblue'、'Coville'、'Jersey'(後者は例外的に Brooks 風味を欠くと報告)等は、いずれも Coville の初期交配系統群を経由しており、'Brooks' の遺伝子が複数世代を経て寄与している。
- 'Brooks' から継承された大果性・明るい青色(厚いブルーム)・芳香性のあるバランス風味は、現在「ハイブッシュブルーベリーらしさ」を構成する主要形質として固定化された。
- 一方で 'Brooks' 自体の自家不和合性の発見が、現代ブルーベリー園での 複数品種混植による相互受粉 という栽培体系設計の根拠となった。
日本での状況
- 'Brooks' そのものは商業流通品種としては事実上日本市場に存在せず、国内の栽培品種カタログ(ブルーベリーファクトリー岐阜、吉岡国光園、ベリーガーデン等)にも掲載が確認できない。
- 学術的位置づけとしては、伴琢也(東京農工大学)「ブルーベリーの品種の変遷と最近の研究動向」(園芸学研究 2014, Vol.13(3): 185–)等の総説で、ハイブッシュ品種育成史の出発点として 'Brooks' が言及されている。
- 国内一般栽培者・愛好家向けサイトでも、'Brooks' は現役品種ではなく「Coville 育種の起点となった野生選抜個体」という歴史的・系譜的存在として紹介されるにとどまる。
- 種苗としての日本国内入手は実質困難(不明)。日本品種登録データベースにも登録なし。
参考情報源
- USDA AgResearch Magazine, "Blueberry Growing Comes to the National Agricultural Library" (May 2011)
- USDA, "Celebrating the Highbush Blueberry's Centennial"
- USDA ARS, "Historic Collection at NAL Gives Insight into Blueberry's Domestication" (2011)
- Ehlenfeldt, M.K. & Kramer, M., "Frederick V. Coville and the History of North American Highbush Blueberry Culture"
- Retamales & Hancock, "Celebrating the 100th anniversary of highbush blueberry domestication"
- Rutgers University Library, "Coville's Serendipitous Association with Blueberries Leading to the Whitesbog Connection"
- Coville, F.V. (1937, USDA Yearbook of Agriculture) "Improving the Wild Blueberry"(Chatham Apples 採録版)
- UNH Cooperative Extension, "Blueberry Varieties for New Hampshire (fact sheet)"
- Laconia Daily Sun, "These blueberries have New Hampshire roots" (2018)
- Italianberry, "110 years of blueberry history: it all started with F. Coville and E. Coleman White"
- Fruit and Nut Cultivars Database, "Rancocas"
- 伴 琢也「ブルーベリーの品種の変遷と最近の研究動向」園芸学研究 13(3): 185- (2014)
- ドラゴン農園「ブルーベリーの歴史年表:野生のベリーから世界的果樹へ」