ラッセル Russell
ノーザンハイブッシュ系
歴史的意義
'Russell' は、F. V. Coville(フレデリック・V・コヴィル)が栽培ブルーベリー育種事業の最初期に用いた 2系統の野生選抜の一方であり、もう一方の 'Brooks'(ハイブッシュ野生選抜)と並んで、世界初の体系的なブルーベリー人為交配(1911年春)の母本となった歴史的個体である。Coville による Brooks × Russell の交配は「栽培ブルーベリーの誕生」を象徴する出来事として位置づけられ、現代のノーザンハイブッシュ品種群の系譜の起点に立つ。
特に 'Russell' から受け継がれた 早熟性(earliness)は、Coville が「最も早く市場に出るブルーベリーが最高値で取引される」と認識していたことから、その後の商業育種における最重要形質のひとつとなり、後代に確実に伝達された形質として記録されている。
選抜の経緯
- 1909年、ニューハンプシャー州グリーンフィールドの Frank Russell 氏が、自身の山地農場(600エーカー)に自生する個体のうち「最良のローブッシュ・ブルーベリー(the best lowbush blueberry on his farm)」として Coville の注意を引いた個体である。
- 原木は若いオーク(樫)の枝に覆われて日陰となり、農場ではすでに結実不良に陥っていたが、ワシントン(USDA)の温室に移植して栽培したところ、果実径は 9/16 インチ(約 1.43 cm)超に達し、果色は薄青色(light blue)であった。
- 最大の特徴は 'Brooks' よりも早熟であった点で、この早熟性は後代のすべての交雑後代にも一貫して現れたと Coville は記録している。
- 命名は選抜協力者 Frank Russell 氏に由来する。
樹体・果実特性
- 樹形・樹高: ローブッシュ型(低性)。Coville は本系統を「ローブッシュ」として扱った。
- 果実径: 9/16 インチ(約 1.43 cm)超 — 当時の野生個体としては大粒。
- 果色: ライトブルー(薄青色)。
- 熟期: 早熟。'Brooks' よりも早く熟す。
- 食味・果実品質: 詳細記述は限定的。Coville は商業価値の中心を「早熟性」と「果実サイズ」に置いて評価していた。
- その他: 後代では「両親(Brooks も Russell も薄青色)と対照的に濃青色(dark blue)」の個体が多数出現したことが記録されており、果色形質の遺伝に関する初期の知見をもたらした。
Coville育種への貢献
- 1911年春、最初の人為交配: Coville は 'Brooks'(ハイブッシュ野生選抜)と 'Russell'(ローブッシュ野生選抜)の間で 栽培ブルーベリー史上初の意図的種間〜系統間交配を実施した。
- 1913年、F1世代の相互交配: 1911年の F1 個体同士を交配し、F1 と F2 を合わせて 約3,000個体を圃場まで育成した。
- ハイブリッド 394Y: この Brooks × Russell の F1 個体群から得られた選抜個体のひとつが「394Y」と呼ばれる F1 ハイブリッドで、これが後の品種 'Rancocas' の片親となった。
- 'Rancocas'(1926年発表)の祖父母:
- 系譜: (Brooks × Russell) × Rubel
- 交配年: 1915年春
- 育成地: ニュージャージー州 Whitesbog
- 育成者: F. V. Coville(USDA)
- すなわち 'Russell' は 'Rancocas' の祖父母(grandparent)にあたる。
- 早熟形質の供与: 'Russell' 由来の早熟性は、Coville 自身が「すべての後代に一貫して発現する」と明記しており、商業育種における基本形質となった。
現代品種への遺伝的寄与
- 'Rancocas'(1926年)を介して 'Russell' の遺伝子は20世紀前半〜中盤の北米ハイブッシュ品種群に広く拡散した。'Rancocas' は早熟・多収・摘果容易(小さく乾いた果梗痕)という特性で広く普及し、その後の Coville 品種群('Stanley', 'Jersey', 'Pemberton', 'Wareham' 等)と並ぶ初期商業品種の一角を担った。
- ローブッシュ × ハイブッシュ交雑の起点としての価値も大きく、現代のノーザンハイブッシュ品種は祖先をたどると 'Brooks' 'Russell' 'Sooy' 'Rubel' 'Harding' などの初期野生選抜にほぼ全て収束する。本系統はこの収束点のひとつである。
- ただし 'Russell' そのものを直接の親とする現代品種は限定的で、寄与は 'Rancocas' を経由した間接的なものが主体である。
- 現代育種における 'Russell' 由来形質の具体的寄与率(DNA マーカーレベル)に関する公開情報は確認できず、詳細は不明。
日本での状況
- 'Russell' は商業流通品種ではなく 育種上の歴史的個体であるため、日本の生産者向けに販売・栽培されている事例は 確認できず(不明)。
- 日本の研究機関・育種プログラムにおける本系統の保存・利用状況に関する公開情報も 確認できず(不明)。
- 日本のブルーベリー品種解説書・園芸書では、Coville 育種史の文脈で 'Brooks' と並んで言及されることがある程度で、独立した品種解説対象となることは稀である。
参考情報源
- USDA「Celebrating the Highbush Blueberry's Centennial」
- USDA ARS「Historic Collection at NAL Gives Insight into Blueberry's Domestication」
- USDA AgResearch Magazine「Blueberry Growing Comes to the National Agricultural Library」
- Fruit and Nut Cultivars Database「Rancocas」
- Chatham Apples「Improving the Wild Blueberry(Blueberries 1937 史料)」
- Italian Berry「110 years of blueberry history: it all started with F. Coville and E. Coleman White」
- Washington State Magazine「Summer Blues」
- ISHS Acta Horticulturae「Celebrating the 100th anniversary of highbush blueberry domestication」
- Taylor & Francis(Ehlenfeldt)「Frederick V. Coville and the History of North American Highbush Blueberry Culture」